国立新美術館探訪
6月に「マグリット展」、7月に「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展」を見てきました。報告が遅れてしまいましたが、少し感想など書いてみます。
まずは「マグリット展」から。ルネ・マグリット(1898年-1967年)はシュルレアリスムの文脈で語られることの多いベルギーの画家です。ただマグリットは、過激な言動の目立ったシュルレアリスムの中心人物アンドレ・ブルトンとはおよそ対照的な人柄だったようです。ベルギー王立美術館館長ミシェル・ドラゲの解説には以下のようにあります。
マグリットは、夢と現実が同じ「驚くべき冒険」のなかに結びつく個人的な経験の継続性を熱望する。パリの友人たちとは反対に、ベルギーのシュルレアリストたちは、イメージに対して抱く期待を、「別の場所」と考えられる夢にまで広げることはない。反対に、覚醒している現実の空間だけが、ブルトンが眠りにだけ認める潜在力を与えられる。(『ルネ・マグリット展公式図録』34頁より)
ちょっと難しい文ですね。簡単に言い換えると、夢と現実を結びつける志向性ではブルトンらのシュルレアリスムと同工だが、マグリットの表現上の力点はあくまでも覚醒した現実の側にある、くらいになるでしょうか。この回顧展では、まさにその目の覚めるような空や森と人物や無機物とを組み合わせた『空の鳥』『白紙委任状』『凌辱』『現実の感覚』などの代表作はもちろん、20年代の『火の時代』『発見』など「マグリットっぽくない」油絵、書籍や定期刊行物に寄せたイラスト、『イメージの忠実さ』という一連の写真作品なども見ることができました。
マグリットは画家人生のほとんどをブリュッセルのアパートで小市民として質素に暮らしました。彼が毎日決まった時間に同じ通りを銀行員のようにスーツを着て歩いていた、とのエピソードを昔何かの本で読んだとき、その作風とのギャップに驚き、作品を見て作り手の人物像を安易に判断してはいけないな、などと思ったものです。
ところで今回私が「マグリット展」で最も印象に残ったことは実は作品そのものではなく、鑑賞者とショップでした。開催期間終了間近の金曜夕刻だったこともあり、サラリーマン、若いカップルやグループ、お年寄り、家族連れなど、本当に様々な人々が来館し、シュールでクールな展覧会場は場違いとも言える熱気に包まれていました。そして黒いスーツに山高帽というマグリット風の装いをした店員さんたちとマグリットグッズの数々には、マグリット財団の(?)ビジネス面でのしたたかさを感じずにはいられませんでした。
残念ながら東京での「マグリット展」は終わりましたが、現在京都市美術館で開催中です(10月12日まで)。また公式図録は本学図書館にも所蔵されていますので、閲覧してみて下さい。
次に「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展」について。1989年以降約25年間に制作されたマンガ、アニメ、ゲームについて、社会や技術との関係も把握できるよう8つの章で構成した展示がなされていました。各章のタイトルは以下の通りです。
第1章 現代のヒーロー&ヒロイン
第2章 テクノロジーが描く「リアリティー」―作品世界と視覚表現
第3章 ネット社会が生み出したもの
第4章 出会う、集まる―「場」としてのゲーム
第5章 キャラクターが生きる=「世界」
第6章 交差する「日常」と「非日常」
第7章 現実とのリンク
第8章 作り手の「手業」
第1章、第4章を除くと、私の「身体表象論」の講義で話しているテーマとほぼ丸被りです。もちろんこの展覧会のほうが扱っている作品も多種多様で、自分の勉強不足を反省させられました。
さて、こちらでも個別の作品以上に、視覚的消費の環境構築のほうが興味深かったです。マンガはとりわけ絵画に類するような形で複製原画を解説付きで時系列に配置する類の展示になりがちです。しかしそのような発表年代順にとらわれず共通するテーマで分断し再構成しながら、複製芸術を展示する困難さを克服しようとしているようでした。『太鼓の達人』や『アイカツ!』のコーナーが局所的にゲーセンのごとく賑わっていたところには媒体の異なる複製作品の並置の難しさが表れていました(見た目には微笑ましい光景でしたけど)。ともあれ、ヴァルター・ベンヤミン(「複製技術時代の芸術作品」)に倣って授業風にまとめれば、「いま、ここ」という「アウラ」の権威に頼った伝統的な展示方法の軛(くびき)から逃れ難い美術館というシステムが、オリジナルのもつ一回性を喪失した複製作品を扱いながらも、環境の再構築を通して新しい展示的価値を模索しているようにも思いました。
【イラスト:アラキマリ】
※ 上のイラストは国立新美術館の概要ページにリンクしています
「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展」は新国立美術館で8月31日まで開催中です。なお、展覧会書籍『ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム from 1989』(国書刊行会)が図書館に所蔵されています。
(「身体表象論」担当教員)